隠者

タロットカード「隠者」
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マヤは、朝のコーヒーを飲みながら、いつものようにパソコンを開いた。仕事の前に株式市場の動向をチェックするのが日課だ。しかし、今日は少し気分が違っていた。いつも使っている検索サイトを開くと、トップページには最新のニュースがずらりと並んでいた。

「○○株式会社、予想外の業績発表で株価急騰」「市場全体が不安定に—世界経済の不透明感」などの見出しが目に飛び込んでくる。つい気になって、マヤはクリックしてしまう。記事には、複数のアナリストが異なる意見を述べており、「今は保有を続けるべき」「いや、売り時だ」などと書かれている。

「また下がってる…どうしよう…」マヤはため息をつきながら、別の記事も開く。そこには、某企業の株価が連日下落していること、また別の企業が新しい製品を発表して一気に株価が跳ね上がったことが詳しく説明されていた。まるでジェットコースターのような市場の動きに、マヤの心も上下する。

「どうして私の持ってる銘柄はこんなに下がるんだろう…。やっぱり、違う投資に乗り換えるべきかな?」マヤの頭の中は不安と焦りでいっぱいになる。彼女は自分の投資方針に自信を持てなくなり、焦燥感に駆られて次々とニュースを漁り始める。

まるで暗闇の中を手探りで歩いているような感覚に陥り、時間が経つのも忘れてしまう。ふと気づくと、もうお昼の時間になっていた。

「こんな調子じゃダメだ…」マヤは自分に言い聞かせる。けれども、次の瞬間にはまたニュースを開き、株価の動きをチェックしてしまうのだった。

マヤは先生に相談するためにオフィスを訪れたが、いつもと様子が違う。普段は明るい部屋が、なぜか今日は真っ暗だ。電気がついていない。オフィスの扉をそっと開けると、暗闇の中から冷たい空気が流れ込んでくる。

「先生…?」マヤは不安げに声をかけながら、スマホの懐中電灯をオンにした。部屋を照らすと、ぼんやりとした光の中で、人影が見えた。

その瞬間——

「わあああっ!」とマヤが叫び声を上げた。目の前には、まるでオバケのように立っている先生が、無表情でこちらを見つめていたからだ。白いシーツのような服をまとい、髪が少し乱れている。マヤの叫び声で、先生も驚いて叫んだ。

「きゃあああ! びっくりした!」先生も一歩後ろに飛びのき、懐中電灯の光に目を細める。

「あ、先生!オバケかと思った!」マヤは胸を押さえて息を整える。

「私もあなたがオバケかと思ったわよ!」先生は呆れたように答えた。部屋の明かりをつけると、やっといつもの雰囲気が戻ってきた。

「先生、どうしてこんなに暗くしてたんですか?」マヤはまだ心臓をドキドキさせながら尋ねた。

先生は笑いながら、「今日は『隠者』のカードの気持ちになって、静かな暗闇で心を落ち着けていたのよ。まさか本当にオバケみたいに見えるなんて思わなかったけどね」と冗談を交えた。

マヤは肩をすくめながら言った。「ああ、だから真っ暗だったんですね。でも、私も最近ちょっと『隠者』みたいになりたいかもしれないです…」

先生は興味を持ったように眉を上げた。「それはどういうことかしら?」

「先生、私…最近、ニュースを見ていると投資のことでどうしても不安になってしまうんです。いろいろな意見が飛び交っていて、何が正しいのか分からなくなって…」

先生はゆっくりと頷きながら、マヤの話を黙って聞いていた。しばらくすると、微笑んで静かに語り始めた。

「マヤ、あなたが感じているその不安…それは今の情報社会に生きる多くの投資家が抱えるものよ。私もかつては、あらゆる情報に振り回されていた時期があったわ」

先生は小さな木製の棚から一枚のタロットカードを取り出した。それは「隠者」のカードだった。カードには、暗い山道をランタンを持って一人歩く老賢者が描かれている。

「このカードを見てちょうだい、『隠者』というカードよ。彼は、自分のランタンの光だけを頼りにして歩んでいるの。周囲の騒音や雑念から離れて、内なる光を見つけるためにね」

マヤはそのカードをじっと見つめた。「でも、先生…私は他の投資家と同じように情報を集めて、できるだけ多くのことを知っておきたいんです。どうしてそれがいけないんでしょうか?」

先生は穏やかな口調で答えた。「もちろん、情報を得ることは大事よ。でも、あまりにも多くの情報に触れてしまうと、自分の中の確信や信念が見えなくなることもあるの。だからこそ、一度情報から距離を置いて、自分自身の投資哲学を見つけることが必要なのよ」

「でも、そんなことをしている間に市場が大きく変動したらどうするんですか?」マヤは反論するように言った。

先生は微笑んで続けた。「それが『隠者』の教えの一つなの。市場の変動に左右されず、自分の心の中の指針に従うこと。市場の波は常に変わり続けるけれど、あなた自身の長期的なビジョンは変わらないはずよ。だから、あなた自身の心の静寂を見つけ、それを基に行動することが大切なの」

マヤはしばらく黙り込んだ後、深く息を吐き出した。「なるほど、わかりました…。私は自分の軸を見失っていたのかもしれません。もっと自分の心の声に耳を傾けて、周りに流されないようにしたいと思います」

先生は満足そうに頷いた。「そう、それでいいのよ。これからは、あなた自身の『隠者』となって、自分の道を歩んでいきなさい。焦らず、自分のランタンの光を信じて」

数週間後、マヤは再び先生のオフィスを訪れた。彼女は晴れやかな顔をしている。

マヤ「先生、あれからずっとニュースサイトを見ないようにして、自分の投資方針を再確認しました。最初は不安でしたけど、今はとても落ち着いています。まるで、私自身が『隠者』になったみたいに」

先生「良い傾向ね」

マヤは得意げに続けた。

「私、『死んだ人の運用成績が一番良くて、二番目は運用していることを忘れちゃった人』って話を聞いたんです。

それなら、証券口座のパスワードを紙に書いて、瓶に入れて海に流しちゃおうかと!

これで私も心穏やかなる隠者の仲間入りですね!」

先生は目を丸くし、すぐに吹き出した。「ちょっと待って!それじゃ『隠者』じゃなくてただの『世捨て人』じゃない!」

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